My Best of 七尾旅人

安東嵩史(編集者)

『鉄曜日の夜→蘭曜日の朝』を最初に聴いたのはもう四半世紀近く前だと思うと気が遠くなりますが、そのとき感じた「帰りたくても帰れないいつか/どこかを思いながら歌っている人だ」という気持ちは、その後のどんな音楽的挑戦を経ようともまったく変わらず、今もずっと自分の中で反響しています。
旅人さんの歌が多くの人に愛されているのは、きっとその心がいつでも、同じような思いを抱く無数の孤独な魂とともにあるからなんでしょう。今この瞬間にもこの世の隅で、社会の陰で、歴史の向こうで誰かが発する、聞こえないことにされた声や見えないことにされた涙へのまなざし。この時代にもっとも必要で、もっとも足りないもの。

と言いつつ、旅人さんと過ごしたいくつかの忘れられない場面の中で印象的だったものをここで無理やり一つ挙げると、石巻でのライブの帰りに南相馬へと走る車中で流れる音楽に一つひとつ反応しながら嬉しそうに語る旅人さんの顔です。どんなメッセージ、どんな言葉より強い、音楽という営みへの愛、というか献身のようなもの。それが何よりも旅人さんの楽曲を素晴らしいものにしているのだと思います。

ここに挙げた以外にも、そしてストリーミングで聴けないものも含めると大好きな曲が無数にあるので選曲にものすごく難航しましたが、なんとか選んでみました。「マイ・ファースト・チャーント」の歌詞のような気持ちで。