My Best of 七尾旅人

やけのはら

私はDJをしているので、本来は、自分の思い入れや、思い出は抜きにして、七尾旅人君の長いキャリアの中から、今、音楽として面白く聴こえる曲を選びたい気持ちがあったのですが、まとまった時間が取れず、10曲を選んでコメントもくださいという依頼を受けてから、少し時間が経ってしまいました。
なので、むしろ真逆に、自分の体験に基づいて印象に残っている曲を直感で選ぶことにします(なので、一部の時代に偏っています。悪しからず)。

七尾旅人君の音楽を私に勧めてくれたのば、自分が出ているイベントによく遊びに来ていた、当時学生だったN君だ。
内気な雰囲気のN君だが、国立大学に通う聡明な若者で自分でミニコミを作っている行動的な面もあった。
彼からもらったミニコミでインタビューされていたのが、「911 FANTASIA」をリリースして少し経った頃の七尾旅人だった。

N君から借りた「911 FANTASIA」を聴いて衝撃を受けた私が、河口湖かどこかのフェスティバルで七尾旅人君と共演したのは、多分2008年の秋だったと思う。
ルイ・アームストロング「What a Wonderful World」のカバーが衝撃的だった。
お客さんに、目を瞑って想像力を膨らませて聴いてほしいと言って演奏した、即興的に形を変えて膨張していくその曲は、どこまでもどこまでも、私たちの意識を遥か遠くへ連れて行く。
それは、小さな針の穴の先に無限の宇宙を見せる魔術師のようだった。

旅人君の魅力の一つは、その留まることを知らない想像力、そしてその想像力を駆使して作り上げる大きな物語だと思う。
「シャッター商店街のマイルスデイビス」は、演劇的とも言える多彩な声色を駆使した、“歌”の可能性の拡張の試みであり、ストーリー・テラー、語り部としての魅力が記録されている。
2010年前後のライブではよく演奏されていたはずだ。

私は七尾旅人君と一緒に曲を作ったことがあり、その関係で、2010年前後は、よく同じイベントに呼ばれたり、共演する機会があった。
「どんどん季節は流れて」は、その頃毎回演奏されていた、心地良くもビターなソウル風味のポップ・ソングで、印象に残っている。
恵比寿のガーデンプレイスがあるエリアでの野外イベントで初めて聴いたような気がする。
確か秋で、少し肌寒い気候だった。
中目黒のタイ料理屋やバー、当時の自分の生活、街の景色を思い出す。
どんどん季節は流れ、あの頃の景色も、気持ちも、もう朧げな記憶の中にしかない。

自分が関わった曲を選ぶのは気が引けるのだが、個人的に印象に残っている曲ということだと、やはりその曲「Rollin’ Rollin’」を選ばないわけにはいかない。
自由が丘のリハーサル・スタジオに、キーボードのドリアン君も含め3人で集まり、ああでもない、こうでもないと曲を構成していき、私はその場で歌詞を書いた。
その日の帰り、全身がびしょ濡れになるような突発的で強い雨が降り、持っていった機材が濡れないように抱えて帰ったのを覚えている。
帰宅し確かめると機材は壊れていなかった。
皆で作った曲を聴き返し、良い曲だなと思った。

正式に録音されていないと思うので、ここでは選ぶことはできないのだが、そのくらいの時期に良く演奏されていた、ルー・リード「ワイルドサイドを歩け」の日本語カバーが絶品だということも記しておく。