My Best of 七尾旅人

青葉市子

「忘れもしない、上京したての二十歳ごろ。震災があって。
小さな部屋で、朝も夜もギターを抱えるばかりの日々、電撃が走るかのように、旅人さんとの出逢いがありました。ライブにお誘いしてくださり観客として客席に座っていたら、突然ステージにお呼ばれして演奏することになったり、ライブの後、みんなでお散歩していたら嵐になって、まだ歌い足りないし弾き足りないよ、と旅人さんが呟いて、終電には乗らず、飴屋法水さんのおうちになだれ込んで、朝まで歌ったり踊ったり。旅人さんと共に過ごした奇跡のような音楽の時間は、数えきれないほどあります。その全てが、当時、消えてなくなりそうなほど儚いこころの、どんな孤独の時間も拭い去ってくれたのでした。1日の光の動きをただ見ていたいがために、列車に一人で乗っては、終点まで行って戻ってくる、を繰り返していた、その時ずっと聴いていたのが「ヘヴンリィ・パンク:アダージョ」です。2枚のCDを交互に、ポータブルCDプレイヤーに入れて聴いていました。その間、強烈な”君”の気配がまとわりついて、それは天使なのか音楽なのか、わからないけれど、列車の床の影が伸縮する、世界の境界がどこまでも曖昧になっていく中で、脳裏にシルエットが焼き付いていったことを覚えています。その”君”は、今も確かに私の中に存在していて、時折ノックしてきては、背中合わせでぽつぽつと会話する存在です。
この世界には、目には見えないけれど、確かに繋いでいてくれる存在があることを、旅人さんの楽曲と、音楽への姿勢から授けてもらったような気持ちでいます。
10曲なんてとても選びきれないほど、溢れんばかりの名曲群がかたちを変えて世に放たれること、本当におめでとうございます。
ずっとずっと届いてゆきますように。 青葉市子」